Interview & Report
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Sk8ightTing

Sk8ightTing スケートシング

C.E

東京出身のグラフィックデザイナー/イラストレーター/DJ。
1980年代後期から90年代にかけストリートウェア系のアパレルの立ち上げ、デザインに画策、主なブランドにGOOD ENOUGHやA BATHING APE®など。2011年にトビー.F(ロンドン)、ユタカ.H(東京)らとアパレルブランド「C.E」を立ち上げる。
Misha Perks、Mini Perks(メルボルン)、Fergadelic(ロンドン)らとアート/実験バンド/ユニット「the Changes」、実験音楽として高木完(逗子)、小山田圭吾(東京)らとのユニット「the Nomars」などでも活動中。著書に『涙の怪獣パーティー』(飛鳥新社刊)などがある。

Mercedes-Benz Fashion Week TOKYO 2013-14 A/W最終日に行われたVERSUS TOKYOで、プロジェクションマッピングという手法を使って最新コレクションを発表し、話題を呼んだC.E。ブランド設立は2011年だが、デザイナーのスケートシングは、1980年代からグラフィックデザイナーとして活躍し、GOOD ENOUGHやA BATHING APE®といった社会現象を巻き起こしてきた人気ブランドの創設者の一人でもある。彼はなぜ、新たなブランドC.Eを立ち上げたのか。 スケートシングの経歴からC.Eを立ち上げたきっかけ、VERSUS TOKYOについてなど、質問した。

*本インタビューはメールで行い、回答は本人の記述によるもの。

スケートシングさんがグラフィックデザインを始めたきっかけを教えてください。

スケートボードやヒップホップ、ハウス・ミュージックなどからの影響を、ウェア表現で展開したことがきっかけです。 1989年、藤原ヒロシらとともにウェアレーベル「GOOD ENOUGH」を、93年にはNIGO®らと「A BATHING APE®」を立ち上げました。2011年に、新ブランド「C.E」を倫敦のフェルトウェル・T、東京のユタカ・Hらと立ち上げました。

C.Eを立ち上げるに至った背景を教えてください。

創設メンバーのフェルトウェル・Tが元々英国XLレコーディングスのA&Rでディジー・ラスカルとアーティスト契約するなど、グライムやジャングルのサポーターでもありました。彼が、倫敦倶楽部音楽全般からの影響をウェアに落とし込もうという試みを行ったことに始まります。毎夜都市に響き渡る電子音楽とオンライン・ラップ音楽、多種多様な国籍の若者たちの実験的な表現、そういった現場のユニフォームとして(C.Eが)機能するのかという興味がブランド設立の大きな動機付けとなっています。

GOOD ENOUGHやA BATHING APE®などを立ち上げられた90年代初頭と、C.Eを立ち上げられた2010年代初頭、つまり現在のファッションシーンで、もっとも違うと思われる部分はどこですか?

90年代初頭にはインターネットが殆ど存在していなかったので、今と比べると別の世界だと思います。これはファッション・シーンだけではないですが、今の世界の殆どはプリント・アウトして作られた世界のようであり、90年代初頭のゲームなどで使われていたポリゴン・マッピングのように見えてとても興味深いです。

スケートシングさんが影響を受けたファッションブランドやデザイナー、アーティストなどを教えてください。

フセイン・チャラヤン
ファッション、現代アート、インプロヴィゼーション、インタラクティブ・アートなど異なるジャンルが調和しているから。

この3月に発表された、2013-14年秋冬コレクションのテーマとイメージソースは?

テーマは「ポスト・モダーン・カジュアル・フディーズ・ブリングバック・ゴールデン・エラ・ジャングルと都市を顕す記号表現」。
イメージ・ソースは音楽ギグのフライヤー・アートや11年の倫敦暴動、カリフォルニアのパワーバイオレンス、アテネのアストログラインド、ローマのハウス・オブ・ジ・イエロー・カーペットなど異なるシュミラークルをオンライン上でミックスしていくライブ・ディスプレイ・チャンス・オペレーション・シュミレーション。

C.E 2013-14 A/W Collection

C.Eとして初のショーで、プロジェクションマッピングという手法を選ばれた理由は?

インタラクティブな手法にしたのは殆どアクシデントですが、マッピングやCGは東京やフランスの人たち、実写撮影や音楽制作、美術などはニューヨークとロンドン、そしてベルギーの人たち、洋服のデザイン、生産は中国や日本の人たちなど、結果的に本当に様々な国籍の人たちが一つの作品のために力をあわせています。そういう国籍や政治的イデオロギーを超えて作られた作品を東京で沢山の人たちに見てもらえたことは、とても意義があることだと思います。

コレクション発表後のバイヤー、プレス、顧客などからの反応は?

驚いているような反応を頂きました。

VERSUS TOKYOに参加された理由を教えてください。

THE CONTEMPORARY FIXの吉井さんの提案です。彼の感覚に刺激を受けて参加を決めました。

VERSUS TOKYOキービジュアルを手掛けられることになった経緯と、完成するまでのエピソードを教えてください。

吉井さんが綿密に考えた構想です。
ショーにも参加するし、メインビジュアルも制作となると2段レイヤーとなり、ショー開催より早い段階で宣伝広告できる。ショーに参加するアーティストの宣伝にもなると考え、実際2012年12月25日頃に入稿して、2013年1月1日に発表となりました。

VERSUS TOKYOに参加しての感想や印象的な出来事は?

渋谷ヒカリエは元東急文化会館で、日本で最初のスケートボードパークがあったビルです。当日ランウェイをスケートすることで自分の中のマジックが完成できました。

来シーズン、2014年春夏のプレゼンテーションに向けての構想はありますか?

シュミラークルなプロダクツが国際都市で夜な夜な構築されていく表現の現場にどういう形で機能できるかを実験的に探るということと、「都市を顕す記号表現」が2014年C.Eにおいても引き続き大事な構想となっています。

C.Eとして進行しているプロジェクトなどあったら教えてください。

現時点で発表できるものはございませんが、準備でき次第、それぞれの媒体でご報告する予定です。

INTERVIEW by JFW *本インタビューはメールで行い、回答は本人の記述によるもの。

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