Interview & Report

Yuko Hasegawa

Yuko Hasegawa 長谷川 祐子

東京都現代美術館 チーフキュレーター 多摩美術大学特任教授

京都大学法学部卒業、東京芸術大学大学院修了後、水戸芸術館、世田谷美術館勤務、ホイットニー美術館研修などを経て、1999年より金沢21世紀美術館の立ち上げに参加、建築、コレクションなどのディレクションを行う。オープニング展『21世紀の出会い―共鳴、ここ・から』、『Matthew Barney:Drawing Restraint9』などを企画。また、2001年イスタンブールビエンナーレの総合コミッショナー、2002年上海ビエンナーレ、2005年メデイアシテイ・ソウル、2010年サンパウロ・ビエンナーレの共同キュレーター、第12回ヴェニス建築ビエンナーレのアーティスティック・アドバイザー、2013年第11回シャルジャ・ビエンナーレのキュレーターを務める。東京都現代美術館にて「東京アートミーティング」という他ジャンルの専門家との共同企画を進行中。2011年はSANAAと『東京アートミーティング(第2回)建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの "感じ"』を開催。2006年より現職。著書「女の子のための現代アート入門」(淡交社)「『なぜ?』から始める現代アート」(NHK出版新書)。

「ファッションという分野でも、キュレーターが必要です」。
そう話すのは、東京都現代美術館でチーフキュレーターを務める長谷川祐子さんだ。
東京都現代美術館では、「ラグジュアリー:ファッションの欲望」「フセイン・チャラヤン―ファッションにはじまり、そしてファッションへ戻る旅」など、ファッション関連の展覧会も企画、この7月には、ロンドンとミュンヘンで開催された「Future Beauty 30 years Japanese Fashion」展が新たな作品を加えて、「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展として行われる。
アートに軸足を置きつつ、ファッションにも造詣の深い長谷川さんに、今のファッション、これからのファッションについて思うことや、Mercedes-Benz Fashion Week TOKYOへのご意見をうかがった。

まずは、Mercedes-Benz Fashion Week TOKYOで発表されているコレクションをご覧になって、どう感じられますか?

なかなか会場に足を運べないので、コレクション雑誌を拝見しての感想ですと、服というのは人の形で作られているので、全く新しい世界観を見せるというよりは、ある意味でwearableなものが、多様なsophisticationやsenseを持って展開されているという印象がありました。だから全く別の強烈な世界観、新しい服のプラットフォームとか、パラダイムができたというイメージというよりは、それぞれが多様に今の状況を反映しているように見えます。
今、ファッションはメインストリームがなく、個々人の好みで多様に広がっているので、マーケティングがほとんど不可能になっていて、非常に小さな水脈のようなものが色々な方向へ流れているイメージがあります。コレクション雑誌を見ても、ブランド名や写真の単なる羅列で、分かる人にしか分からない。クリスチャン・ディオールとか明確なシグナルがある時代ではないので、そこから株分けしてきたクリエイションやブランドがものすごい形で交錯されていて、複雑なリアルになっていますよね。だから誰に見せても「ディテールは違っていたけれど、何が違っていたんだろう?」となってしまう。情報のディテールの違いを、どのようにキュレーションしてあげるかが重要で、わかるように視座を見せて、マッピングしてあげるという作業が必要かなと思います。

ショーやインスタレーションなどのコレクション発表はもともと、バイヤーやプレスなどファッション関係者向けの B to B がメインでしたが、東京では2000年代中盤からファッション産業全体の活性化や東京という街のプレゼンスの向上などを図り、消費者も楽しめる B to C のイベントを織り交ぜた形のファッションイベントとして開催しています。多くの人にファッションに関心を持ってもらうには、コレクション(ファッション)を分かりやすく伝えるということも必要だと思っています。

ファッションは、プロダクトデザイナーやグラフィックデザイナー、本の編集者など、情報産業やクリエイティブ産業に関わる全ての人が関心を持つ分野だと思います(ブランドからすれば、もちろんバイヤーがメインだとは思いますが)。Mercedes-Benz Fashion Week TOKYOという大きなイベントを行うわけですから、情報としてきちんと構築し、いろいろな人がアクセスできるようにしてあげると、よりイベント開催の意義が強まるのではないでしょうか。 「感じる服考える服:東京ファッションの現在形」は非常にクリエイティブで、デザイナーの方々がアーティスティックなプレゼンテーション、インスタレーションを行い、面白い試みだったと思います。やはり来館者はファッション関係者が多かったとキュレーターの方から聞きましたが、ファッションそのものの中にどういったアクセスポイント、エントリーポイントを作っていったらいいのか、ということをもう少し考えていった方が良いかなと思いました。
つまり情報のデザインの仕方が重要になる。ちょっとした+αですよね。日本のファッションは非常に評価が高いと言われている割には、パリやミラノ、NYと比べ、遅れを取っていますよね。それは見せ方の問題で、ファッション・ウィークというイベントは日本のファッションの入口でもあるので、もうひとつ面白いコンセプト、他国にはないコンセプトを、別の形の情報として与えるための工夫をするべきではないでしょうか。

アーティストも日本のファッションデザイナーも同じ悩みを抱えていると思いますが、どのように海外に打ち出すか、という問題についてはどうお考えでしょうか。

要は自分自身の立ち位置、ポジションです。
アーティストには、一人で中国に住んで活動している人もいれば、ビジネス学校に行きつつ大学で実習をしながらやっている人もいる、またはアートフェアなどで売り出されている人もいれば、YouTubeで注目されて出てきた人もいる。色々なやり方があると思うのですが、一番大事なのは、マーケットが国内だけと思ってはいけないということです。自分の作品を理解してくれる人は、世界中に必ずいるので、少なくとも英語とのバイリンガルで自分のプレゼンテーションを用意したり、ホームページやFacebookで発信していく。つまりマスに向かって、人を経由して話が伝わっていくというラインを、どうやって活用していくかが一番のポイントだと思います。今はどこで誰が見ているかわからない時代。文化に関わるものは線でつながるとは限らず、ポイントからポイントへ伝達されるものになっていますよね。信じられないネットワークになっていきます。さらに大事なのは、最初に「これは面白いですよ」と出す人が誰かということ。自分のナビゲーターとして誰を信用していくかということがポイントです。

ファッションという分野には、”キュレーター” というポジションの人がいません。ファッションを分析したり、ディレクションするような人材を育てていくところから始めなければならないように思います。

ファッションという分野でも、キュレーターが必要です。
アートは数字的(過去から未来へ)/ 共時的(現在)の両方へのアクセスを持っていなければならないので、そこでキュレーターなのです。ファッションにも、そういう視点を持っている人間がいた方が良いと思います。ファッションの歴史を学ばれた方は、数字的な視点で“今”を軽視して語っているというところがあるように感じますが、”今” に対してどれだけ深くコミットしているか、という総合的な観察・分析も必要ですよね。ファッションを専門とされている方は、そこが分離しているのではないかと思います。
今は情報の構造が複雑になってきていて、色々なものが相互交流しているので、従来的な “このセクションの中のこのメソッド” というようなものが通用しない。なぜかというと、ファッションというのは着る人間がいて成立しているもので、人間というものはどんどん変わっていきますよね。流動性が高い。だから余計にコネクションやマルチレイヤーの中で、ファッションをフレキシブルな形で考えていく必要があるのだと思います。

伝え方、拡散の仕方にも工夫が必要と?

地方都市で注文を受けて作るオンデマンドのような事業で、スタッフ1、2名でやっているというデザイナーオフィスがあると伺っているのですが、そういう人たちがどのように注文を取っているのかというと、現地に出かけて行って見せに行くということもあるだろうし、デパートではなく公共の施設などを借りて展示会のようなことをやったり、ウェブサイトで発信したり、クチコミもあるでしょう。そうやって、自分と相性の良い地域でやっていく、というやり方も新しい方法としてあると思います。自分が本当に作りたいものを本当に欲しい人に渡していくという、まさに “ピンポイントからピンポイントへ” というやり方。
何か総合的な情報の塊の結晶がファッションだ、と言う人もいるかもしれないというような読み込みが必要ではないかと思います。そうしないと情報のパッチワークみたいになってしまいます。情報のパッチワークは、1、2、3を積み上げたらあとは一緒。見ている方も嫌になるし、印象に残らない。その服にどういう魂がこもっているか、ということをちゃんと言ってあげないと伝わらないし、世界に出て行けない。東京のコレクションは、美しさで言えば100点満点ですが、私が物足りないと感じているのは、記憶に残らないという点なんです。

“記憶に残る” 見せ方とは、たとえばどのような方法ですか?

テーマやビジョンを、エキシビションにコンセプチュアルに入れていくという方法がひとつあります。アートフェアは既に、コンセプチュアルプレゼンテーションをやっています。日本なら地方で活動している方たちをドキュメンテーションにして、それをビデオインスタレーションのような形にして、そのドキュメントに対してリアルタイムにアクセスできるような仕組みを作るとか、そういうことがあるとスマートですよね。 作っているものはバナキュラなんだけれども、色々な形でその情報をその場で得ることができるとか。たとえば、アポイントメントの時間を決めてスカイプできると、現場の雰囲気が伝わって、ずっとその場に居る必要もなくなりますよね。そういう機会を与えたりすると、どういう風土でどういうものを作っているかということがわかります。遠隔でできますし。今はグローバルな時代なので、自分の好きなことを詰め込んだ“ “折詰” がパーフェクトでもそれだけでは出ていけなくて、発信していく方法もデザイン同様クリエイティブに考えていかなければいけないと思います。

「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展

日本ファッションが持つ創造性と、その力強いデザインに潜む文化的背景に焦点を当てた「Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion」展。
2010年にバービカン・アート・ギャラリー(ロンドン)、2011年にハウス・デア・クンスト(ミュンヘン)で開催され、高い評価を得ました。新たな作品を加え、ヴァージョンアップした「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展を2012年夏、東京で開催します。
京都服飾文化研究財団(KCI)のコレクションを中心に、現代の日本を代表するデザイナーの作品約100点と、映像、印刷媒体などによって重層的に構成されます。
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/136/

会期

2012年7月28日(土)~ 10月8日(月)
10:00 ~ 18:00(入場は17:30まで)
*月曜日休館(ただし9/17、10/1、10/8は開館、9/18(火)は休館)

場所

東京都現代美術館 企画展示室 3階
〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1

出展デザイナー

川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、渡辺淳弥、栗原たお(タオ・コム・デ・ギャルソン)、三宅一生、山本耀司、阿部千登勢(サカイ)、新居幸治+新居洋子(エタブルオブメニーオーダーズ)、荒川眞一郎、太田雅貴(オオタ)、小野塚秋良(ズッカ)、大矢寛朗(オー!ヤ?)、勝井北斗+八木奈央(ミントデザインズ)、小島悠(システレ)、高田賢三(ケンゾー)、高橋盾(アンダーカバー)、滝沢直己(イッセイ・ミヤケ)、立野浩二、玉井健太郎(アシードンクラウド)、津村耕佑(ファイナル・ホーム)、中章、長見佳佑(ハトラ)、廣川玉枝(ソマルタ)、堀内太郎、堀畑裕之+関口真希子(マトフ)、皆川明(ミナ ペルホネン)、森永邦彦(アンリアレイジ)他

「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展

川久保玲(コム・デ・ギャルソン) 1983年秋冬
Collection of the Kyoto Costume Institute,
gift of Gift of Comme des Garçons Co., Ltd.,
Photo by Masayuki Hayashi

「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展

山本耀司
1983年春夏
Collection of the Kyoto Costume Institute,
gift of Ms. Sumiyo Koyama, photo by Taishi Hirokawa

「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展

ミントデザインズ
2012年
「アーカイブスドレス」
© mintdesigns

「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展

サカイ / 阿部千登勢
2012年春夏
© sacai

INTERVIEW by JFWO

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