Tetsuya Suzuki 鈴木 哲也
honeyee.com / .fatale 編集長
「アップリンク」「宝島社」を経て、2005年「ハニカム」設立に参加。以来、WEBマガジン「ハニカム」の編集長としてファッション、ライフスタイル情報を中心としたコンテンツ作りを行う。2011年には女性向けファッションWEBマガジン「ファタール」を創刊。
2005年の創刊以来、東京メンズファッションの成長と併走するかのように、そのシーンに大きな影響を与えてきたWebマガジン「honeyee.com(ハニカム)」。今では珍しくなくなった著名クリエイターたちによるブログをメディア内で展開する手法をいち早く取り入れ、独自のネットワークを活かしながらハニカムならではのオリジナルコンテンツにこだわり続けてきた彼らは、今や他に類を見ないクオリティマガジンとしての評価を確立している。昨年、女性向けのWebマガジン「.fatale(ファタール)」を新たに立ち上げるなど、さらなる進化を見せるハニカム社の代表・鈴木 哲也氏に話を伺った。
ハニカムを創刊した2005年当時の東京のファッションシーンの状況を教えて下さい。
もともとハニカムのバックボーンは、いわゆる裏原宿と言われるストリートファッションのシーンにあります。「裏原」というのは、あくまでも東京のメンズファッションの中の一カテゴリだったのですが、ファッションの世界でもグローバル化が進む中で、気がつけば裏原世代とも言えるデザイナーやブランドが、海外で展示会をしたり、主要セレクトショップの良い売り場を占めたりと、徐々に世界に広がっていきました。やがて海外からは、そうしたインディペンデントなブランドが、東京のメンズファッションの代表として認知され、評価もされるようになっていった。ハニカムをスタートした時期は、ちょうどそんな状況にありました。
そうした時代背景で、ハニカムはどのようなスタンスのメディアとしてスタートしたのですか?
当初は、より幅広い情報を扱う一般的な男性誌のようなコンテンツをそのままWebに持っていくということも考えていました。でも、いざ始めるという時に、もっと自分たちにとってリアリティがあるものや、自分たちならではのオリジナルな情報に特化したものがいいんじゃないかと思うようになったんです。ハニカムを一緒に立ち上げた藤原ヒロシさんや清永浩文さん、中村ヒロキさんに代表されるようなコミュニティやネットワークを凝縮させたものを作れば、世界中のどこにもないコンテンツができるんじゃないかと。今でもそうした「自分たちらしさ」ということを核にしながら、今の時代にフィットしていたり、時代に先駆けたコンセプトを持っているデザイナーやブランドなどを、偏見なくピックアップしていくということを心がけています。
様々なクリエイターらが参加しているブログの存在も、ハニカムの成長を語る上で欠かせないものですよね。
そうですね。今でこそハニカムのブログに参加している人たちは、有名人ブロガーみたいな言われ方をすることもありますが、僕らとしては、そうした知名度以上に、ハニカムのことを理解してくれて、一緒にひとつのシーンを作っていけそうな人や、僕たちの活動により広がりを与えてくれそうな人たちにお願いをしているつもりです。ただ、こうしたブログをやっていると、良くも悪くも予期せぬリアクションがあります。自分たちとしては世の中の隅っこで隠れてやっていたつもりでも(笑)、何かの拍子で表にバーンと出されてしまう力はすごいと感じたし、一方で旬だったものが引いていくスピードも早い。情報の拡散力や瞬発力は、雑誌の連載などとはレベルが違うなと感じました。
そうしたインターネットならではの特性というのは、ハニカムの編集方針にも影響を与えていますか?
僕が個人的に感じているインターネットの本質というのは、情報がすべてオンラインに乗っているということに尽きるんです。ハニカムを始めた当初は、WEBメディアへの期待も大きかったからでしょうが、ブログにトラックバック機能をつけるべきだとか、会員を組織してSNSをやったらどうかとか色々言われたんですが、何より僕らが優先したのは、イメージの部分をしっかり自分たちでコントロールして、それをオンラインに乗せていくということでした。今でもユーザーとの双方向なコミュニケーションを図ろうとするなら、むしろ、オフラインのパーティやイベントを絡めたものがいいんじゃないかと思っています。ハニカムはオンラインマガジンであるがゆえに、オフラインのものをどう扱っていくかを重視しているというか、要はオンラインとオフラインのコントラストということを常に意識しています。
昨年スタートした女性向けのWebマガジン「ファタール」を創刊しようと思った理由を教えてください。
インターナショナルなファッションの本丸は、やはりレディスのモードだという意識が以前からあったんです。そこを押さえられると色んなことがやりやすくなりそうだし、ハニカムという会社が、日本を代表する、あるいは世界的にも影響力を持つメディア企業になることができるかもしれない、と(笑)。レディスの世界では、「東京のストリートカルチャーのインサイダー」というようなローカリティが武器になったハニカムのような方法論は使えませんが、ハニカムを運営する中で培ってきた情報の扱い方やクオリティの出し方といったスキルを活かしつつ、ファタールならではの方法論を地道に模索している段階ですね。
日本のファッションやカルチャーの現状をどう捉えていますか?
これまでの日本は、欧米との違いを強調していく、あるいは、されることで、欧米とは異なるベクトルの洗練を持った「アナザープラネット」というイメージというか認識を築いてきたところがあると思います。でも最近は、中国などの台頭によって、むしろ、日本のカルチャーは欧米のコンテクストの延長にあるものとして捉えられていると思います。少なくともファッションの世界では「欧米の側」に入れられつつあると感じますね。東京のメンズファッションにしても、世界マーケットのレギュラーポジションを取りつつあると思いますが、日本の多くのブランドが、ハイファッションとストリートの中間という欧米のマーケットには確立されていないカテゴリのものを結果的に作っていたり、円高の影響などもあって、完全には欧米の側に入り切れていない状況だと思います。言ってみれば「欧米の末っ子」ですね。ただ、一方で、日本には「アジアの長男」的な立ち位置もあるわけで、当の日本人自体もどちら側に行こうか迷っているというのが現状なんじゃないかと感じています。
ハイブリッドであるがゆえに、中途半端な立ち位置になってしまうというジレンマがあるのですね。
そうです。けれど、もしかするとそうした中途半端さ自体が、逆に高く評価される可能性もあるとも思っています。例えば、東京のメンズブランドとヨーロッパの高級メゾンはそもそも比較の対象ではないのですが、ハイファッションに匹敵する洗練されたクリエイティビティが、ストリートカジュアルのプロダクトに落とし込まれているという東京ブランドの特徴が、欧米の一流メゾンに対抗するとき有利に働くということもあり得る。世界的に見ても色んな価値観が錯綜している中で、今はパリのモードが東京のストリートよりも格上だと証明できる要素が少なくなりつつあると思うんです。だからこそ面白いと思っているし、その中でそれぞれのデザイナーがどうサバイブしていくのかというのはとても興味がありますね。
時代が大きく変化している中で、クリエイターが生き残っていくためにはどんなことが大切だと思いますか?
ここ最近、大きく変わったと感じるのは、どれだけ有名なデザイナーであっても雲の上の存在ではなくなったということです。それは彼らの価値が下がったということではなく、一定の方向にワーッと流されていくような不特定多数の「大衆」というものがなくなってしまったことが大きい。色々なものがこれだけ細分化している中で、それらをひとつの風呂敷で包もうとしても、どんどん、こぼれ落ちてしまうんですよね。また、普段メディアに出てこないような無名の人の一言がツイッターなどで拡散していって世論が形成されるような時代において、これまで影響力を持ってきたクリエイターたちの位置付けも変わってきています。ファッションの世界に限らず、かつてのカリスマ対大衆という図式が崩壊し、すべてがフラットになった社会の状況に意識的に向き合い、ジャンルの枠やヒエラルキーの構図をとっぱらったうえで、世の中にどれだけインパクトを作っていけるかということを考えられるクリエイターが、これからは生き残っていくんじゃないでしょうか。
昨年10月に開催されたMercedes-Benz Fashion Week TOKYO 2012 S/S内のイベント「VERSUS TOKYO」ではトークショーに参加されていましたが、東京のファッション・ウィークについて何かご意見などがあれば教えてください。
日本のブランドや日本人デザイナーというところばかりにこだわってしまうと、逆に独自性が出しにくくなるんじゃないかなと感じています。例えば、パリやニューヨークの本国でもあまり知られていないようなブランドを東京に呼んで、そこから逆輸入ならぬ逆輸出という形で新しいブランドを出していけたら面白い。パリのファッション・ウィークにしても、フランスのブランドばかりが出ているわけではないですし、パリでランウェイショーをやるというのは、歴史と格式を持ったモードの世界でやっていくという意思表明でもありますよね。それと同じように、ヨーロッパのメインストリームとは違うオルタナティブなポジションでやっていくというブランドが、その意思表明をする場として、東京に集まってくるという状況が作れると面白いんじゃないかなと思います。