Interview & Report

三浦 進 Susumu Miura

三浦 進 Susumu Miura AVALONE(アヴァロン)

TOKYO FASHION AWARD 2016 受賞デザイナー

1979年 静岡県に生まれる。
デスメタルバンドのVo、彫師を経て、独学で洋服作りを始める。
2002年に(有)イグジットフォーディス設立。クラシックテーラードの職人から技術を学ぶ。
オリジナルブランドexit for dis, corvette by exit for disを展開する他、アーティストやミュージシャンの衣装デザイン等も手掛ける。
自身の背景にあるカルチャーと、習得した技術を武器に集大成として、2013年に“AVALONE”を始動。

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独学で技術を習得し、自らが影響を受けてきたカウンターカルチャーを背景にした服づくりを2002年に開始した三浦進。2013年には、培ってきた経験と技術の集大成として、AVALONE(アヴァロン)を起ち上げ、すでに海外メディアなどからも注目を集める存在になっている。TOKYO FASHION AWARD 2016を受賞し、初の海外展示も果たしたデザイナーの三浦に、ブランドのバックグラウンドやクリエーションの源泉などについて話を伺った。

三浦さんは、デスメタルバンドのヴォーカルや彫師など異色の経歴をお持ちですが、ファッションデザイナーを志したのはいつ頃からだったのですか。

実は、中学生の頃からファッションデザイナーという仕事を意識していました。子どもの頃から、MTVで流れていた70~80年代のミュージックビデオなどを通して海外のカルチャーに触れていて、それらが自分のベースにありますが、中学2年生の頃にアレキサンダー・マックイーンがデビューして、ショーの音楽でセックス・ピストルズを使っていたことに衝撃を受けました。それが凄くカッコ良く見えて、ファッションデザイナーというのは、自分の好きなカルチャーや歴史などを洋服を通してアウトプットできる仕事なんだ、と漠然と感じたんです。それ以来、古着をリメイクして友人に売ったりするようになり、生活の中でファッションというものが欠かせない存在になっていきました。

 

ファッションは独学とのことですが、なぜ専門学校などで学ぼうとは考えなかったのでしょうか。

高校卒業後に服飾の専門学校に入ることも考えましたが、もともとアンダーグラウンドカルチャーが好きだったこともあり、そうしたものに触れられる場所に身を置いていた方が収穫があるのではないかと考え、ニューヨークからタトゥーマシンを取り寄せ、彫師の修行をするようになりました。同時にバンドも組んで活動していましたが、そんな時にマルタン・マルジェラなどが出てきて、自分がもともと好きだったモードファッションが若い人たちに再注目される時代になってきたので、今なら自分が好きな表現ができると思い、2002年にexit for dis(イグジットフォーディス)というブランドを起ち上げました。それを機に服づくりに専念するようになりました。

パリで行われたshowroom.tokyoの様子
上2枚:2016年1月開催/下2枚:2016年6月開催

その後、ブランド名をAVALONEに変えた経緯を教えて下さい。

実家が伊豆で水産業を営んでいて、兄が2代目を継いでいましたが、東日本大震災の影響もあり、人出が足りなくなってしまい、兄を手伝うために2012年に実家に戻りました。当時の僕は30歳を過ぎた頃で、これまで自分がしてきたことは本当に正しいことなのかと迷っていた時期でもありました。そんなタイミングで実家に戻り、朝早くから重労働を続ける中で、今後のことを考えることにしました。家の仕事もそれはそれで楽しかったのですが、やっぱり自分は服づくりをしっかり続けていきたいという思いが強くなり、これまでの集大成のつもりで、AVALONEという新しいブランドを起ち上げることにしました。実家で扱っていたアワビは英語で「abalone」と言うのですが、自分が洋服をつくり続けられているのは父親のおかげでもあるので、このワードのスペルを少し変えて、それをブランド名にしたんです。

カウンターカルチャーというものがブランドのバックボーンになっていると思いますが、どんな部分に魅力を感じているのですか。

時代に反発することから生まれたカルチャーには常にダークな側面があります。それぞれの時代において社会や政治などに反発してきた精神的な闇というものに、おそらく自分は惹かれ続けていると思います。自分のクリエーションにおいても、そうしたダークな部分を表現してきたつもりでしたが、TOKYO FASHION AWARDを受賞して、2シーズンにわたってパリで展示を行った際、自分の感性をまだ出し切れていなかったと痛感しました。海外のストリートカルチャーから生まれたファッションというのは、そこで生まれ育った人たちの生活や環境と直結していて、それは裕福で平和な日本人のリアリティとはまったく違うものなんです。そうした人たちと接する経験を通して、もっとリミッターを外した表現をしていかないといけないと強く背中を押された感じがしました。

TOKYO FASHION AWARDの受賞プログラムの一環で、東京でもプレゼンテーションを行いましたが、こちらのお話もお聞かせ下さい。

モデルを6体に絞り、オーケストラ演奏を入れたプレゼンテーションを行いました。デスメタルやブラックメタルが生まれた歴史的背景に注目し、悪魔の象徴である「逆五芒星」をテーマに据え、人間の欲望を解き放ってしまうメロディをオーケストラで引き出していくような黒魔術的な演出で世界観を表現しました。もともとカルチャーの歴史的背景を考えていくことが好きで、そこからインスパイアされることが多いのですが、今後は先にも話したように、子どもの頃から好きだった昆虫や植物など、自分のアイデンティティを見つめ直した上で、よりリアルな感性を表現していきたいと考えています。

今後もこうした形式でのコレクション発表は続けていく予定ですか。

自分たちの身の丈に合ったやり方というのが前提ですが、こうした演出を入れて見せていくことには今後もチャレンジしていきたいと思っています。来年の1月と6月にもパリで展示をする予定ですが、今後は海外でもこうしたプレゼンテーションをしていきたいという思いがあり、今回の東京での発表はその準備という意味でも良い機会にもなりました。また、パリ滞在中に知り合った海外のフォトグラファーやスタイリストらとは、これから日本でシューティングをする予定です。今後も、彼らとともにクリエイティブなものを生み出しながら、将来につなげていければと考えています。

 

 

Interview by Yuki Harada
Photography by Yohey Goto

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