松井 信之 Nobuyuki Matsui Nobuyuki Matsui(ノブユキマツイ)
TOKYO FASHION AWARD 2019受賞デザイナー
心理学を学びにイギリスに留学、現地のアート作品や環境などに影響を受け洋服製作を始める。テーラードに強い関心を持ち、ロンドンの若手ブランドなどで経験を経て2015年に帰国。2016 A/Wから表現のための服を製作し、2018 S/Sより本格的にReady to wearの生産をはじめ、伝統や職人技術から生まれる手仕事を大切にし、長く大切にできるような服を目指し製作している。
[ Website ] https://www.nobuyukimatsui.com/
[ Instagram ] https://www.instagram.com/nobuyuki_matsui/
イギリス留学中にファッションの魅力に触れたことがきっかけで、2016年に自らの名を冠したブランド「ノブユキマツイ」を立ち上げた松井信之氏。コンセプチュアルなテーマ設定やひねりの効いたデザイン、テーラード技術をベースにしたディテールのつくり込みなどで支持を得て、TOKYO FASHION AWARD2019を受賞し、ヨーロッパでの展示や東京でのランウェイショーを行ったことで、より多くの人たちに知られる存在となった。心理学からファッションに転向した異色のキャリアを持つ松井氏に、東京の下町にあるアトリエで話を伺った。
松井さんは高校卒業後、イギリスで心理学を学んでいたそうですが、なぜファッションに転向したのですか?
もともとは、自営業をしている父の会社を継ぐつもりで経営心理学を専攻していました。心理学から学ぶことは多かったのですが、自分が本当にしたいことはこれなのだろうかという疑問も少なからず持っていて、ある時に教授からも同じことを指摘されたんです。それがきっかけとなり、もともと関心があったアートをやってみようと考えるようになりました。そして、大学のファウンデーションコースでファインアートから写真、テキスタイル、ファッションなどひと通りやってみたのですが、その中でも特にファッションが面白いと感じ、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに入学しました。
当時は、アートの一環としてファッションを捉えていたのですか?
はい。アートの定義は人それぞれですが、僕は人の心に寄り添えるものだと捉えていて、着ることによって気持ちが高まったりする洋服もアートだと思っています。洋服というのはあまりに身近なものなので、一般的にはアートと考えにくいかもしれませんが、自分の中ではアートとしてファッションに取り組みたいという思いを一貫して持っています。
ご自身のブランドを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
最初の頃は、それこそアート作品のように自分がつくりたい洋服をつくり、それを気に入ってくれた人が周りにいたら、その人に合わせて仕立てるというビスポークに近いつくり方をしていました。やがて知人から、プレタポルテのコレクションをつくって卸先を開拓したらどうかという話をされ、2018年春夏シーズンからプレタポルテコレクションをスタートしました。それによって洋服の仕様やつくり込みが変わったわけではありませんが、そこで初めてしっかりビジネスにしていくことを意識し、商品構成や価格設定などを考えるようになりました。
アートとして洋服をつくるというお話がありましたが、最初に伝えるべきメッセージやコンセプトを明確に決めることが多いのですか?
そうですね。例えば、2019年秋冬シーズンのコレクションでは、TOKYO FASHION AWARDの受賞者プログラムとして、東京でランウェイショーができることが当初からわかっていたので、当時のファッション・ウィークのスポンサーだったamazonから着想を得て、梱包の際に使われる「緩衝材」をテーマに据えました。その背景には、ECの台頭によって事前に着たり、触れたりせずに洋服を買うようになっている現在のファッションの流れと、そこにある矛盾のようなものを表現したいという思いがありました。ショーの最後に、緩衝材を手縫いしてつくったジャケットをアートピースとしてお見せするという演出をしたのですが、これもブランドのメッセージを表現するための手段でした。
ノブユキマツイでは、一貫して手仕事を大切にされていますが、その理由についてもお聞かせください。
イギリスでホームステイをさせてもらっていた家族のおじいちゃんが亡くなった時に、遺品となったスーツをビスポークのテーラーに持っていき、お孫さんのために仕立て直してもらっているのを見たことがきっかけです。最近では、リサイクルやアップサイクルなど洋服の再生方法にも色々な考え方がありますが、そういったことを抜きにして、純粋にものを大切にする姿勢や、喜んでいるお孫さんの姿に感銘を受けました。自分も世代を超えて人々を幸せにできるようなものがつくりたいと思ったことが、ファッションを志す大きなきっかけにもなったんです。
一方で、現在のファッションというのは、半年ごとに新作を発表するサイクルが一般的になっています。
そこに矛盾を抱えながら服づくりをしている側面があることは事実ですし、ゆくゆくは、大量生産大量消費の流れの中で既製服をつくるのではなく、もっと無駄が生まれないつくり方や仕組みを自分なりに構築していきたいと考えています。ただ、自分が矛盾を感じているものを変えていくためには、まずはそこに身を置いてみることが第一歩になるのではないかという思いもあります。僕が伝えたいことは、ファストファッションが悪いということではなく、シーズンを超えて新しいものと古いものをミックスするようなファッションの楽しみ方を、ひとつの選択肢として提案していきたいと考えています。
TOKYO FASHION AWARD 2019を受賞し、2シーズンにわたってヨーロッパでの展示も経験されるなど活動の幅が広がっていますが、今後のブランドの展望についてお聞かせください。
もともとこのアワードに応募した背景には、自分がファッションに関する知識や技術のすべてを学んだイギリス、ひいてはヨーロッパでコレクションを見てもらいたい、買ってもらいたいという思いがありました。まだ先のことはわかりませんが、いつかは自分にファッションを志すきっかけを与えてくれたイギリスにお店を持ったり、服づくりの拠点がつくれたらという思いもあります。また、ブランドとしては、レディ・トゥ・ウェアからビスポーク、クチュールまでがつくれるような体制を築いていきたいと考えています。
Interview by Yuki Harada
Photography by Wataru Fukaya(インタビュー、パリ・ショールーム撮影)