タナカ TANAKA タナカ
TANAKA Designer
SAYORI TANAKA - Designer/ Founder
2017年、ニューヨークを拠点に、自身のブランド「TANAKA」をスタート。TANAKA NY TYO LLCを立ち上げ、ニューヨーク、ヨーロッパ、アジアなどでグローバルにデザイン活動を行う。洋画家であり、着物のテキスタイルデザイナーだった父と、日本庭園を作る造園家だった祖父の元、自然豊かな新潟県で生まれ育つ。東京モード学園卒業後、ヨウジヤマモト社にて企画、ニットカットソーデザイナーとして経験を積んだ後、ファーストリテイリング社に入社、「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスにてウィメンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。
AKIRA KUBOSHITA- Creative Director
2020年より東京にて本格的にTANAKAのクリエイティブパートナーとなる。「HUMANMADE」を中心に国内外の企画にも携わり、クリエイティブディレクションや空間演出も強みとする。文化服装学院スタイリスト科卒業後、ファーストリテイリング社に入社。「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスでUT、アクティブウェア、ニットウェアを中心に、メンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。
[ Website ] https://www.tanakanytyo.com/
[ Instagram ] https://www.instagram.com/tanakanytyo/
[ Facebook ] https://www.facebook.com/tanakanytyo/
「これまでの100年とこれからの100年を紡ぐ衣服」をコンセプトに、国内外で急成長を続けるファッションブランドTANAKA。ニューヨークを拠点に2017年スタートしたTANAKAは、今年3月東京で始めてのランウェイショーを開催し大きな話題を集めたことも記憶に新しい。現在は国内外で100アカウントに近い取引先を持ち、常に世界基準でクリエイションを発表し続ける彼らに、ブランドのこれまで、そしてこれからについて、デザイナーのタナカ氏、クリエイティブディレクターのクボシタ氏にインタビューした。
ブランドをスタートした経緯を教えてください
タナカ氏)自分のブランドをやりたいというのは昔から思っていたことなのですが、前職でニューヨークに赴任したことで自分のやりたいことが点から線に繋がり、ブランドイメージが具現化したことがきっかけになりました。ニューヨークは、様々な民族が住んでいてボーダーのない街。自分がこれまでに経験してきたこととニューヨークから得るインスピレーションが繋がり、キャリアとしてのタイミングもマッチしたので、2017年にTANAKAをスタートしました。
クボシタ氏)私がTANAKAに参加したのは、2020年春からです。ニューヨークを拠点にはしていますが、ものづくりは日本をメインに行っているので、私が参加することで生産の管理や工場さんとのコミュニケーションは向上したのかなと思っています。
タナカ氏)私たちはデザイナー、クリエイティブディレクターと肩書きを分けてはいますが、基本的には一緒にアイデアを出し合って製作しています。
ニューヨークを拠点に活動するブランドとして、日本のファッションシーンをどのように捉えていますか?
タナカ氏)日本市場には身体の線を拾わないとか、きれいめであるとか、良い意味で一定の嗜好性があると思います。デザインの面では、デニムを主軸にしているTANAKAは日本市場にフィットしない時代もあるのかもしれません。ですが、縫製や加工など品質面においては日本らしい丁寧さやクリーンさ、上質さがあり、例えばシグネチャーアイテムでもあるTHE JEAN TROUSERSのようにドレスパンツのように履けるデニムパンツは日本市場とTANAKAの接点になっているように感じます。また逆に、ニューヨークを拠点に活動しているからこその新鮮さを日本の皆さんに届けていけたらとも考えています。
クリエイションにおいて大事にされていることは何でしょうか?
タナカ氏)コンセプトとして「これまでの100年とこれからの100年を紡ぐ衣服」として掲げていて、先人の方が残してきたワーキングウェア、ユニフォームなど素晴らしい衣服を、次の100年に向けて革新していくことがTANAKAの仕事だと考えています。加えて最近では、発明的であること、イノベーション性にも力を入れています。
クボシタ氏)ここで言う発明というのは潜在需要にマッチする新しい商品を生み出すという意味で、概念がなかった時代にデニムを生み出したリーバイスのようなものづくりをしたいということ。次シーズンになったらセールになるような一過性のデザインではなく、100年残るブランドとして100年残っていくようなものづくりをして、デニム、Tシャツに続く衣服を生み出すブランドを目指しています。
タナカ氏)時代を牽引するスタイルを提案できるブランドでありたいんです。例えをあげると90年代では腰履きデニムにピタTのような時代を象徴するスタイルがあったように、この時代にTANAKAのデニムありといったような、時代を象徴するようなスタイルや、もしくはタイムレスに残るスタイル、そしてデニムを主軸としながらもブランドの世界観をグローバルに発信できたらなと。
TANAKAにとってデニムは特別な意味を持っていますか?
クボシタ氏)デニムはジェンダーレスで、世代も性別も越えることができる数少ないアイテムの一つなので、TANAKAのフォーマットに上手くハマって強みになっていると思っています。
タナカ氏)私のワードローブには昔からいつもジーンズがあって、ジーンズでデザイナーとしての新卒採用の面接に行ったりするくらい常に自分のスタイルと共にあるものだったんですね。そして前職でデニム業界の方や生産背景と関係を構築できたことも大きい。マリリン・モンロー、ケイト・モスやジェーン・バーキンなどのその時代のミューズやアーティストだったり、かっこいいカルチャーにはいつもそばにデニムがありますよね。それが私がデニムを好きな理由でもあります。あとやはりデニムは私にとって自由の翼、自由の象徴です。
ビジネスの展開状況についても教えてください
クボシタ氏)アカウント数でいうと、24SSシーズンで国内お取引先が海外を上回ります。かねてより海外のショールームと契約していたので元々は海外アカウントが多く約40アカウントでしたが、次シーズンでは国内が約50アカウントとなりました。海外はイタリア近辺の店舗が多く、22FWからアメリカのショールームと契約したことでアメリカの店舗も増えてきてはいます。
タナカ氏)TOKYO FASHION AWARDを受賞させていただきパリでショールーム参加できることになって、アジア圏からのコンタクトが増えました。日本のブランドはアジアで注目されていますし、コロナ明けのタイミングと重なってこれから更に伸びそうです。
海外市場からTANAKAはどのような評価を得ていますか?
タナカ氏)ニューヨークを拠点にしていますが、TANAKAは日本ブランドとして評価されていますね。日本らしいきれいさを売りにして取り扱いたいようですし、日本製のデニムは非常に信頼度が高く人気があります。クオリティの評価だけじゃなくて、ユニークで新しいブランドが多く出てきていると日本ブランドが海外で注目されている感じもあって、日本ブランドであることが今追い風になっていると感じています。
クボシタ氏)日本も海外も基本売れ方は似ていて、細かく見ると色の選び方などに違いはありますが、デニムが半分程度を占めています。海外だと、レディースの大型店からメンズのニッチな店舗まで幅広いテイストの店舗にお取り扱いしていただいていて、TANAKAの商品は店舗の指向に合わせて編集しやすいアイテムなんだろうなと捉えています。
Photo by JIRO KONAMI
国内市場が伸びている要因はどのように考えていますか?
クボシタ氏)全商品がユニセックスでサイズ違いとして展開しているので、国内での展開当初はどう編集したら良いのか戸惑われましたね。逆に扱い方がわかって来ると買いやすくなっている様な印象を受けます。国内では店舗数も増えていますが、アカウントごとの買付金額も増えていて、24SSまでの2年半で10倍程度伸びました。要因としては国内でもセールスを付け、プレスなどチームで動く体制を整えたことが大きいですね。また、TFAを受賞できたことで知名度アップに繋がり、東京でのショー観覧をきっかけに24SSシーズンから取引が始まったアカウントも多いです。
Photo by JIRO KONAMI
ブランドのこれからの展望についても聞かせてください
タナカ氏)日本のデニムを主軸として、スタイルや世界観を世界に発信する、日本初のブランドになること。そしてそれが100年続くブランドになること。日本のデニムが素晴らしいことは世界中の人が知っているのに、それを代表する日本人のブランドがないと思う。欧米でいう、例えばヘルムートラング、カルバンクライン、アクネ、ディーゼルなど。ただジーンズ単品だけでなくて、皆スタイルとアティチュードを持っていてビジュアルイメージもすぐに思いつく。そんな時代に残っていくようなスタイルや世界観を日本のデニムをアンカーにTANAKAが世界に牽引していくと決めています。まずは2020年代を代表するブランドになり、それから100年続いて行く。そのために、チームとしてメンバーを増やしていきたいんです。メゾンブランドのように同じ志を持ったメンバーでブランドを続けていく基盤をなるべく早い段階で整えたいと考えています。
クボシタ氏)MOMAに所蔵されるピースを作るという展望もあります。アイテムとしても完成されたものを生み出したい。誰もが着ることが出来るアイテムであって、誰もが自分のスタイルとして着ることが出来る洋服を。
デザイナー、クリエイティブディレクターとしてそれぞれ挑戦してみたいことはありますか?
タナカ氏)家族のレガシーを受け継ぎたいという想いからブランド名を付けたこともあり、もちろん私が死んだ後もTANAKAが残ることを視野に入れています。後継者を見つけて、人生の最後の直前まで会長職を全うしたいですね。笑。また、日本で多い苗字である「TANAKA」が世界に出ていくことで日本発のカッコイイブランドがあると多くの方に知ってもらいたい。
クボシタ氏)目下はTANAKAに注力していますが、衣・食・住に関わる仕事がしたいという将来的な構想があるので、次はホテルだったり住空間として体験を提供してみたいですね。
Interview by Tomoko Kawasaki
Photography by Kenji Kaido