Interview & Report

小泉 智貴(TOMO KOIZUMI)

小泉 智貴(TOMO KOIZUMI) TOMO KOIZUMI(トモコイズミ)デザイナー

RakutenFWT 2020 S/S JFW招聘デザイナー

大学在学中にキャリアを開始し、2011年にコスチュームデザイナーとしてブランドを設立、活躍の場を広げる。2019年2月、世界的トップスタイリストのケイティ・グランド、デザイナーのマークジェイコブス、KCD Public Relations, Inc.らのサポートの元、初となるファッションショーをニューヨークで開催。鮮やかな色遣い、大胆なシルエットが特徴的なMADE TO ORDERのコレクションは、国内外問わず多くのセレブリティやクリエイターから支持を集めている。

2019年秋冬シーズンにニューヨークで開催したショーで世界的に注目を浴びたTOMO KOIZUMI(トモ コイズミ)。大学在学中にキャリアをスタートさせ、多くの人気アーティストたちのステージ衣装を手がけるなど、早くからその手腕が評価されていた気鋭のデザイナーが、JFWの招聘によりRakuten Fashion Week TOKYO 2020 S/Sで国内初のショーを行った。色鮮やかなフリルを用いた独創的な表現で多くの人たちを虜にしている小泉智貴氏に、東京でのショーやこれまでの歩みなどについて伺った。

今回、東京のファッション・ウィークでショーをすることになった経緯をお聞かせください。

今年の8月にお話をいただいたのですが、ちょうど翌月に開催が迫っていたニューヨークでのショーの準備が忙しい時期だったので、最初はどうしようかと少し悩みました。でも、展示会をしたり、お店で販売しているわけではない自分の洋服を東京でお見せする良いチャンスだと考え、周囲の皆さまにも協力していただき、ニューヨークで発表した7体に、新作3体を加えたコレクションを発表することにしました。

初めて東京でショーをするにあたって、どのようなことを意識しましたか?

過去2回ニューヨークでショーをした時に、日本からの反応は海外に比べて少し時間差があり、間接的だったことがなんとなく寂しいと感じていました。僕自身、東京を活動拠点にしていますし、自分が暮らしている国や都市で面白いことをして盛り上げたいなという気持ちがありました。また、東京から世界に発信するという意識があったので、今回は日本人をはじめアジアのモデルさんだけに限定して、強いヴィジュアルを発信していこうと考えました。ニューヨークのショーは一人のモデルさんがステージ上で衣装を変えていくというパフォーマンス形式だったのですが、今回はオーガナイズされた環境で、一つひとつのピースのキャラクターやストーリーを丁寧に伝えることを意識しました。

TOMO KOIZUMI 2020 S/S Collection

周囲の反応などはいかがでしたか?

友人はもちろん、よくやり取りをしている雑誌の編集長など国内のメディア関係者や、普段仕事で関わっている方たちに見ていただけたことがうれしかったですね。また、最初は東京のショーを海外の人がどのくらい見てくれるのかわからなかったのですが、SNSなどを通して多くの反応があり、強いヴィジュアルを発信できれば場所は関係なく伝わるのだと改めて感じました。

小泉さんが海外から注目されるきっかけになったのもSNSでしたね。

そうですね。自分の作品のヴィジュアルを投稿していた Instagram を見たスタイリストのケイティ・グラントさんから連絡が来て、数十分程度のダイレクトメッセージのやり取りでショーをすることが決まりました。

そのショーは小泉さんにとって大きな転機になったと思いますが、どんな思いで臨まれたのですか?

連絡をもらってから1ヶ月も経たないうちにショーをするという強行スケジュールだったこともあり、友人のアーティストのためにつくった衣装を借りたり、これまでに自分がデザインしたものをできる限り集めつつ、残りの半分は新作を準備しましたが、自分にはこういうものがつくれるという自己紹介を最大限しようという思いで臨みました。

実際にショーをされてみていかがでしたか?

最初は、ショーを終えたらニューヨークを観光しようと思っていたくらい、洋服を見せること以外は何も考えていなかったのですが、ショーの後にリースの依頼やバイヤーさんからの連絡をたくさんいただき、そこで急遽1日だけショールームを借りて、有名ショップのバイヤーさんなど色々な方とお会いしました。生産体制も整っていなかったので、最終的にはすべての依頼をお断りする形になりましたが、これだけ反応があったことは自信になりました。実は当初、ロンドンでショーをするという話もありましたが、アヴァンギャルドでエッジーな若手デザイナーが多いロンドンでは埋もれてしまったような気もしています。有力メディアなども多いニューヨークという場所で初めてのショーができたことは、結果的にとても良かったと感じています。

小泉さんは以前から衣装デザインの仕事を続けられていますが、いつ頃からファッションの仕事に興味を持つようになったのですか?

中学生の頃に、ジョン・ガリアーノが手がけたディオールのオートクチュールの写真を見て衝撃を受け、こういうものをつくる現場に関わりたいと思ったことが最初のきっかけです。中学2年の頃から独学で洋服をつくるようになり、大学在学中につくった洋服を着た友人がクラブでスナップ写真を撮られ、それを見た原宿のセレクトショップ「XANADU TOKYO」オーナーの本橋さんから洋服を扱いたいという連絡をもらったんです。その時に必要に迫られてブランドを立ち上げることになり、本橋さんからの紹介で、以前からやってみたいと思っていた衣装の仕事をするようになりました。

衣装デザインの魅力はどんなところにあるのですか?

自分がつくった洋服を着たアーティストがステージでライブをして、ファンの方たちが喜んでいる光景を見ると、自分もこのパフォーマンスを手助けするひとつの要素になっているという実感や達成感が得られるんです。着てもらう方と密にやり取りをしながら衣装をつくり、直に反応を聞けることもうれしいですし、単純に大きな物体をつくることが好きというのもあって、時間と手間をかけて衣装が仕上がった時の喜びというのもとても大きいんです。

先ほどジョン・ガリアーノの話がありましたが、それ以外にご自身のクリエーションに影響を与えているものはありますか?

幼い頃から折り紙が大好きでしたが、何かをつくるというよりは、カラーパレットのように並べて色の調和をつくるようなことが面白かったんですね。美術の授業などで自分で色をつくったりすることも好きだったので、結局その頃からやっていることはあまり変わらないのかもしれません。また、大学では美術を専攻していましたが、そこで一通りのことを学んだ経験が、自分がものをつくる上でのひとつの基準になっているように思います。

色鮮やかなフリルのドレスがトモ コイズミのトレードマークになっていますが、この表現はどのように生まれたのですか?

フリルで使っているのはポリエステル製のオーガンジーですが、僕がこの生地を見つけたのは、日暮里の繊維街でした。限られた予算の中で面白いものをつくるという時に、色数も豊富だったこの素材がピッタリだったんです。そこからこの生地を最大限に活かせるテクニックを少しずつ磨いていって、2年ほど前から現在のような形になりました。やはり日本の化学繊維というのは質が高くて、とても扱いやすいんです。そういう素材を面白くつくり変えていくということに興味があるんです。また、素材とは少し違いますが、最近は自分が小さい頃に自然に触れていたアニメから、歌舞伎の衣装や十二単、あるいは菊人形など日本固有の文化を意識するようになりました。これから世界に発信していくにあたって、日本人としての自分のアイデンティティを見直し、編集していくことが必要だと思っているのですが、そうした目で改めて日本の文化を見ていくと、自分のクリエーションとの共通点というのが少なくないんです。

最後に、今後の展望などについてお聞かせください。

今後のことはまだ決まっていないことが多いんです(笑)。何かしら販売できるようなものもつくっていきたいとは考えていますが、自分の洋服がセールなどで売られるようになるのは悲しいですし、あくまでも自分でコントロールできる範囲内で、無理のないことをしていきたいとは思っています。ショーに関しては、今後どのくらいの頻度になるかはわかりませんが、自分の作品を発表する場として継続していきたいですし、あまり場所にはこだわらず、面白い経験ができそうなところには積極的に行きたいなと思っています。

Interview by Yuki Harada
Photography by Yohey Goto (Interview shoot)

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