Interview & Report

後藤 愼平

後藤 愼平 M A S U (エムエーエスユー)

FASHION PRIZE OF TOKYO 2024受賞デザイナー

1992年、愛知県名古屋市に生まれ育った後藤愼平は上京し、文化服装学院に入学。メンズデザインコースでテーラリングを学びながら、LAILA で働く。
2014年に同学を卒業後、同社に入社し、店頭に並ぶヴィンテージウェアの修繕に加え、インハウスレーベルの企画・生産管理として立ち上げから 6シーズン携わる。
2018年秋冬、《M A S U》のリブランディングを機にデザイナーに就任。

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ブランド設立以降瞬く間に東京を代表するブランドに駆け上がり、昨年にはFASHION PRIZE OF TOKYO 2024を授賞したM A S U。今年1月にはパリにて海外初となるランウェイショーを開催した。ブランドを愛してやまないM A S U BOYSを海外市場で今後どう増やして行くのか動向に注目が集まる中、二度目のパリランウェイショーを間近に控えた後藤愼平デザイナーに、ブランドのこれまでとこれからについて話を聞いた。

小さい頃からデザイナー志望でしたか?

デザイナーになりたいという強い気持ちがあったというより、漠然とデザイナーになるんだろうなぁと思ってました。絵描くことが好きでしたし、欲しいと思えるものがあまりなくもっとこうだったらいいのにと思うことが多くて、自然とデザイナーの道を歩んでいました。ものづくりをしたいという気持ちがずっと強かったですね。

後藤さんにとって、ものづくりの原動力は?

ものづくりはずっと楽しい。新しい生地やパターンを考え、サンプルが思い通りになったりならなかったり、どの瞬間を切り取っても楽しい。思い悩んで大変なこともあるけど、それが苦しいわけでもなくて。洋服として出来上がるまでどの瞬間も楽しいことが原動力です。

毎シーズン、コレクションテーマが明確ですよね。テーマはどのように決めていますか?

テーマを考えているときに疑問に思うこと、モヤモヤすること、もっとこうだったら良いのにと思うことがきっかけになっています。ネガティブな思いをユーモアや愛を込めて壊していく。自分自身に向けてという場合もあるし、他者や先人に向けての場合もあります。
24AWコレクションは、ものづくりをしていて感じた孤独な感情から出発しているのですが、「孤独=暗い、悲しい」なだけではなくて「孤独は自分を突き詰めているキラキラした時間」でもあるなと気づいて。そこで、孤独、雨、曇り、コウモリなどパブリックイメージの暗いものに対して肯定の眼差しを向けてみたいと思ったんです。蜘蛛の巣に雨上がりの露がついてキラキラして見えるような表現をしてみたいなと。

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M A S U 2024 S/S collection

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M A S U 2024 A/W collection

後藤さんにとって、ファッションとは?

洋服に救われた経験もあるのでとても大事なものと言いたいけど、ファッションに対するハードルは上げたくなくて。自分の使い方次第で自由にどうぞと。洋服は人を悲しませたり傷つけたりするようなツールではなく、生活、人生を豊かに楽しくしてくれるものだと思っています。

お客様との関係性が他ブランドとは異なるように感じます

全ての商品に対して商品説明文を書くのですが、それをしっかり伝えてくれるお店があって、しっかり読み込んでくれるお客さんがいてくれる。自分よりも商品のことよく覚えてくれていたり。そういうお客さんたちに向けて「M A S U BOYS」というネーミングを提案したんです。呼び名をつけることで一体感や仲間意識が芽生えたらと思いましたし、ファッションでもそういうのがあっても良いかなと。

東京のファッションマーケットをどう見ていますか?

ぐるぐる回っている印象で、先に進もうとしている人が少ない。成熟していて、何が売れるか成功できるか統計的に分かり真似が出来る時代で、SNSを使ってブランドの規模関係なくモノを作って売れる。この状況はとてもぬるいし、終わっていくと思っていて。僕としては完成されているカルチャーや現状に不満を持つ人が増えて良いと思うし、もっと強いことが出来る人が増えてほしい。

現在のビジネス概況を教えてください

国内は約40店舗、海外は約10店舗の取引先があります。国内は安定していて1店舗ずつの受注を伸ばしていく段階ですが、海外はまだまだこれからという状況です。パリでのショーを経て、既存店の買付額と新規卸先が増えましたね。

今年1月のパリでの初めてのショー、感触はいかがでしたか?

初回はお客さん来てくれないだろうから2回目のショーが勝負だと思っていて。面白いブランドがショーをやっていたという話題を作って2回目に繋げられたらと成功だと考えていました。しかし、実際には初回にも関わらずたくさんの方が来てくれて、現地メディアからのインタビューも多く反響も大きかった。ショーが終わった瞬間から多くの課題を感じましたが、良いデビューだったのかなと思っています。

どのようなところに課題を感じましたか?

デザインもショーも、ディテールで言い始めたらキリがないほど全部足りていない。ですが、そう感じられたことに、ブランドとしての伸び代を再確認できて。今のクリエイションに満足もしているけど、今が完成ではなくて、ここから先ブランドをまだまだ良くすることができるなと思いましたね。

6月19日に控えている、2度目のショーに向けて意気込みを聞かせてください

ファッションの文脈で触れにくい部分がテーマになっています。今の自分だからできる表現に挑戦しています。新しい服を着たくなるショーになると思いますので、楽しみにしてください。

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「M A S U」 FASHION PRIZE OF TOKYO 2024 WINNER’S EVENT “THE CINEMA“

ブランドとして今後の展望は?

僕がやりたいこと、表現は毎シーズン変わっていて。その変化を楽しめる人が今ブランドを支えてくれています。スタイルや色が一定なコレクションブランドが多い中、ブランドとしてのコアな部分は変えないけれど、自由な変化、振り幅のあるM A S Uがパリでこれからどう評価されるのかなと思っています。僕にはもっともっと作りたいものがあるから、M A S Uのものづくりは常に変化する。一般的に成功するブランドのセオリーは別にあると思うが、それでは新しい存在にはなり得ないし変化を肯定できるブランドでありたい。
僕はスカートもキャミソールも作るしスパンコールも使う。そういうフェミニンな要素を持つ洋服も日本の市場では普通に受け入れてもらえるが、ヨーロッパの市場からすると、M A S Uのコレクションはカテゴライズできない要素が多くモヤモヤを感じると思う。そのモヤモヤした曖昧さを海外でも受け入れてもらえるようになったら勝ちだなと思う。次のチャレンジはそういうことかな。考えることをやめないで、挑戦を続けていきたい。

M A S Uが目指す新しい存在とは?

コミュニティでありたい。洋服があって、洋服をきっかけに出会えたり繋がれたり。MASUはお客さんに対して与える側という立場ではなくて、一緒にという感覚が強い。日本ではそうしたコミュニティが出来つつあるから、海外でもそうあれたら。

Interview by Tomoko Kawasaki
Photography by Daichi Saito

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