中島 篤 Atsushi Nakashima DHL Exported 第2期受賞デザイナー
「ATSUSHI NAKASHIMA」デザイナー
2001年 名古屋ファッション専門学校 ファッションスペシャリスト課を卒業後、(株)ニューリードへ入社。
在職中に第20回 オンワードファッション大賞でグランプリを受賞。
ジャンポールゴルチェにスカウトされ2004年に渡仏し、ジャンポールゴルチェ直属のアシスタントデザイナーに就任。
2009年よりディフュージョンラインのヘッドデザイナーを務め、2011年に帰国後自身のブランドを立ち上げる。
2013年「ジル・サンダー ネイビー」バッグライン ディレクター就任。
2015年 DHL Exported 第2期 日本人初受賞、2016年2月ミラノデビュー予定。
Mercedes-Benz Fashion Week TOKYOオフィシャルロジスティクスパートナーのDHLジャパン株式会社とIMG Fashionが昨年から共同で実施している、世界のファッション業界を支援するプログラム「DHL Exported」。世界的に権威あるファッション・ウィークでコレクションを発表する機会を通して、世界進出のチャンスが提供される。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京の各都市の受賞者は、2シーズン続けて公式スケジュールでランウェイショーを行うことができ、また輸送にかかるロジスティクス費用の支援も受けることができる。
DHL Exported 第2期の受賞者としてミラノでのコレクション発表を行う「ATSUSHI NAKASHIMA」デザイナー中島篤氏に、受賞の喜びとミラノでの発表に向けた意気込みなどを伺った。
まず、本プログラム初の日本人デザイナー受賞ということで、率直な感想から聞かせてください。
昨年の1回目から、気になっていたプログラムだったので、選出されて大変嬉しく、光栄です。
4組の受賞デザイナーが発表される前に、ファイナリスト10組の中に残っているとの連絡があり、Instagramでその中の数組が紹介されていましたが、そこに僕は入っていませんでした。アップされているブランドを見ると、デザインのレベルも高く、僕よりずっとキャリアのあるデザイナーばかりだったので、ダメかなと諦めていました。また、前回の選出デザイナーを見ても、やはりキャリアがある方が多かったこともあり、結果を待つことさえしていませんでした。今回はダメでも来年、再来年と挑戦し続けようと思っていました。
では、受賞の連絡を受けた時には、かなり驚かれたのではないでしょうか。
はい、かなり驚きました。知名度の低い僕が選ばれるなんて、と思いましたが、ポテンシャルや今後の成長に期待していただいたのではないかと思っています。 客観的にデザイナーとしての自分を見ると、この1年間でかなり成長したと実感しています。ものづくりでの技術力、たとえばパターンでは自分の“あり型”の成長であったり、さまざまな工場からお声掛けいただいたり、昨年の「THIS IS MY PARTNER」で取り上げていただきましたが、第一ニットマーケティングさんとの取り組みをスタートしたり、この1年間とても充実していたので、その次のステップにつなげる意味でも、受賞したことは大変嬉しいです。
DHL Exportedのプログラムの特長は、デザイナー自身で発表したい海外のファッッション・ウィークの都市(NY、ロンドン、ミラノ、東京)を選べ、2シーズンにわたりサポートを受けてショーをできるという点ですが、それについてはどう感じましたか。
すごく魅力的だと思います。海外でショーをすることは自力では大変難しいので。まず、ランウェイショー自体にかかるコストが大きいですし、それを海外で行うとなるとかなりのものになりますので、そこをサポートしていただけるという規模感はこのプログラムならではだと思います。さらに、それを2シーズンサポートしていただけるということも素晴らしいですよね。これを弾みに、できたら継続的に海外で発表していきたいと思っていますので、デザイナーにとって大きなチャンスを与えてくれるという点でも他にないプログラムだと思います。
コレクション発表の場としてミラノを選んだ理由を教えて下さい。
ジャン=ポール・ゴルチエにスカウトされたことをきっかけに、2004年に渡仏して彼のアシスタントをしていましたが、当時、ものづくりの街ということでミラノによく足を運んでいました。1年前にジル・サンダーと仕事をしていた時もフィレンツェでしたが工場によく通っていて、職人文化が息づいていることや、伝統を大切にして継承しているという点が日本と似ていて、自分もそういう風土が好きで共感していたので、今回ミラノを選びました。現地の人たちも、日本の文化が好きでリスペクトしている方が多いので、相性の良さも感じています。
では、ファッションのマーケットとして、ミラノはいかがでしょうか。
学生時代にパリとミラノコレクションで発表されるブランドは必ず見て勉強しており、ミラノはジル・サンダーやモスキーノなど世界中に多くのファンを持つブランドを生み出している都市というイメージがあります。また、ミラノは、海外からのバイヤーだけでなく目の肥えたヨーロッパのファッショニスタたちが集まる都市でもあるので、そういう部分にも魅力を感じています。ただ、その分、それ相応のコレクションを発表しないと評価されないと思いますので、プレッシャーも感じています。
2016 S/Sコレクション発表が終わったばかりですが、ミラノで発表する2016 A/Wと2017 S/Sについての構想や意気込みをお聞かせください。
実はすでに色々と考えています。まず、レディス主体でいくと思います。東京ではメンズとレディスを混合しての発表は普通ですが、海外ではメンズとレディスがコレクション・ウィークの開催時期から分かれているため、現地の形式に従ってレディスに絞りたいと思います。メンズは日本でルックを撮影して発表する予定です。 僕はフランスで7年間修行した後、東京で「ATSUSHI NAKASHIMA」をデビューさせましたが、ヨーロッパと東京ではマーケットにおけるファッションの感覚がまったく違っていて、東京のマーケットに受け入れられるまでかなり苦労しました。ヨーロッパは美術館が街の至る所にありアートが日常に定着していたり、ファッションでも誰がなんと言おうが自分が良いと思うものを選ぶ、という国民性があります。そのため、新人や無名なデザイナーでもチャンスがある一方、はっきりと結果が出る都市だと思います。これまでの東京でのデザイナー活動とヨーロッパでの修行時代の経験を踏まえた、自分にしか出せない良い塩梅のクリエーションを発揮して、結果を残せるように頑張りたいと思います。